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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)8347号 判決

原告

池田金太郎

右訴訟代理人

白谷大吉

被告

梅田珠実

主文

被告は、原告に対し、別紙第二目録記載の建物を収去して、別紙第一目録記載の土地を明け渡せ。

滅失登記手続を求める訴えを却下する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

原告訴訟代理人は、主文第一項と同旨及び「被告は、原告に対し、別紙第二目録記載の建物に対する滅失登記手続をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

原告は、別紙第一目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の賃借人であるが、被告は、なんらの権原がないのに、本件土地上に別紙第二目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、その旨の登記を経由し、本件土地を占有している。よつて、原告は、所有者に代位して、被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及びその上で本件建物の滅失登記手続をすることを求める。

被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しないから、請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

右の事実によれば、原告の本件建物の収去、本件土地の明渡しを求める請求は、理由がある。

次に、滅失登記の請求について判断する。右請求は、本件建物を収去することを条件として滅失登記手続を求める将来の給付を求める訴えである。(ところで、不動産登記法第九三条ノ六第一項は、建物が滅失した場合、表題部に記載した所有者又は所有権の登記名義人(以下「登記義務者」という。)は建物の滅失の登記を申請すべきことを定め、同法第一五九条ノ二は、その義務を怠つた者に対して過料の制裁を課することとしている。右各条の法意は、表示の登記について現状との不一致をできるだけ除去しようとするものであつて、本来登記官が職権でなすべきことであるが、最も事情に明るい登記義務者に過料の制裁を伴う申請義務を負わせたものであり、右義務は、登記行政に協力すべき公法上の義務であると解すべきである。したがつて、同法は、登記義務者の右義務に対応する私法上の権利を有する者を想定していないものというべきである。しかしながら、前記各条を右のように解すべきであるからといつて、直ちに、建物が滅失しているのに滅失登記がなされていない場合、利害関係人が登記義務者に対する滅失登記を請求することができないと解すべきではない。なんとなれば、本件のように、現に建物が収去されているのに建物の登記がなされている場合は、登記義務者が滅失登記の申請をしなくても、登記官が容易に職権で滅失登記をなし得るのではあるが、土地所有者が当該土地を処分し、担保に供し、あるいは建物を建てて所有しようとしても、前記建物の登記が事実上の障害となるのであつて、当該土地所有権の完全、円満な行使が妨げられるからである。したがつて、土地所有者のかかる状態を救済するため、土地所有者は、当該土地の所有権を根拠として、登記義務者に対し滅失登記手続をなすべきことを求めることができると解すべきである。(本件においては、被告は、前説示のとおり、本件建物を収去すべき義務があり、その義務を履行したときは、本件建物の滅失登記申請の義務を負うに至るものであつて、原告は、本件土地の所有者に代位して、被告に対し、右登記手続を求めることができるものというべきである。)しかしながら、本件訴えは、いまだ、あらかじめその請求をなす必要がある場合には当たらない。なんとなれば、原告は、右必要を基礎づける事実については、なんら主張するところがなく、かえつて、被告は、前説示のとおり、請求原因事実を争わないものと認められるものであり、将来本件建物を収去した以後において、遅滞なく滅失登記の申請をすることを期待できないものとは認められず、また、本件建物収去後速かに滅失登記がなされないと、原告が著しい損害を被むることが予想されるとも認められないからである。したがつて、原告の滅失登記手続を求める本件請求は、権利保護の利益がないといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求のうち、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める部分は、正当としてこれを認容し、本件建物の滅失登記手続を求める部分は、不適法としてこれを却下することとし、仮執行の宣言を求める申立は、必要がないものと認め、訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。(勝見嘉美)

第一・第二目録〈省略〉

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